spiral staircase

趣味の備忘録

落下の解剖学の感想

先日は落下の解剖学を見てきました。

gaga.ne.jp

公開当初から気になっていた作品でしたが、なかなか見に行くタイミングがありませんでした。
アカデミー賞脚本賞を受賞したことで上映期間が延びたため無事劇場で見ることができました。

会話中心の法廷作品という内容だけに家で見ると気が散ると思いますので、映画館で見ることができて良かったです。

 

あらすじ(公式サイトより引用)

人里離れた雪山の山荘で、男が転落死した。
はじめは事故と思われたが、
次第にベストセラー作家である
妻サンドラに殺人容疑が向けられる。
現場に居合わせたのは、
視覚障がいのある11歳の息子だけ。
証人や検事により、夫婦の秘密や嘘が暴露され、
登場人物の数だけ<真実>が現れるが──。

 

登場人物

サンドラ

ドイツ出身のベストセラー作家。
夫と息子とともにフランスの雪山に立つ山荘に住んでいる。
ドイツ人だが英語が堪能で作中で重要な場面ではほぼ英語を使用する。
フランス語もある程度は話すことが出来るが、普段使わない単語や繊細な表現は苦手。

ダニエル

サンドラの息子。4歳の頃に事故に遭い、視力は極端に低下している。
映画冒頭で飼い犬のスヌープと共に散歩に出かけ、家に戻った時に外で倒れていた父親を発見する。
家庭内の共通言語は基本的に英語だが、フランス語も問題なく理解している。

サミュエル

フランス出身の教師。数年前まで家族とともにロンドンで生活していたが、経済的な問題から自分の地元であるフランスに家族で移り住んだ。
仕事の合間を縫って家の改築を進めていたが、屋根裏部屋で作業をしていた際に窓から転落して死亡した。

 

以下はFilmarksのレビューに書いたことを中心に細かい感想。ネタバレあり。

 

 

終盤の面白さはピカイチですが正直冒頭からの2時間くらいはちょっと長く感じました。あの長々とした描写が見ている側の思い込みを助長させるのですが。
本当に?と疑いたくなるモヤモヤ感で終わるラストが作品のテーマを体現しているのがまた…。

 

前々から思っていたことですが、昨今のネット上では特に物事に白黒を付けたがる人がとても増えたなと常々思っていました。
特にSNSやインターネット上のコミュニティサイト、某!ニュースサイトのコメント欄など。報道や画面上で得た一部の情報から安易にああだこうだと決めつけて、善し悪しを判断してしまいがちです。
気持ちはわからなくもないのですが、世の中意図的にグレーにされていることや、白黒の判別をつけようがないことも多々あると思うのです。

 

この映画では終始「主観的情報」と「客観的事実」の差異が強調されています。
この二点について、現場検証や聞き取り、法廷上のやり取りなどのシーンで2時間かけてたっぷり実例を示しています。

あなたは自分の全ての行動や考えを誰かに明らかにしているのか?といえばほぼ全ての方がNo.と答えるでしょう。
例え家族や恋人相手であっても、ずっと言えずに隠していることや、誰にも明かさず墓場まで持っていこうと思っている一面があると思います。
そのような事柄は物的証拠も残さない事も珍しくないです。
となると、その事実は自分にとっては事実であっても、他人からすると事実なのか虚偽なのか判別できないのです。

そして作中の言語設定もキーになっています。
ドイツ人であるサンドラは法廷では基本的にフランス語を扱いますが、フランス語では難しいと思った場面については英語に切り替わります。
法廷には同時通訳者もいますが、英語をフランス語に訳す時点で確実に本人の意図したニュアンスとは異なる表現になってしまう箇所が存在するはずです。特に終盤の弁論になればなるほどサンドラは終始英を語話すようになります。
この設定が本当に絶妙で、見ているこちらは「果たしてこの裁判はどこまで正当性があるものなのか」という疑念が増していくのです。

 

作中の事件の真相はどうでもいいと私は思っています。
劇中の事件はただの一例であり、おそらく「自分の意見を述べる際は根拠と自信と責任を持つ」ことの重要性を伝えたいだけなのです。
これは言葉としては誰しも理解できるけれど、実行するのはとても難しいことです。

それまでそんな動きは全く見せていなかったのに、終盤で唐突に飼い犬にアスピリンを飲ませるという不穏な行動をとったダニエルを見て「こんな酷いことをするなんて、実はこの子も父親を殺そうとしていたのでは!?」と思ってしまった人もいると思います。私も思いました。
確かに酷いですが、でも犬に過剰摂取させた事実と父親の殺害疑惑には何も関連性はないのです。劇中の裁判でのやり取りに則るならそうなのです。

人間は自分にとって都合の良い・納得のいく方向へ舵を切り、結論ありきで理由や経緯を考えてしまいがちです。
SNS上ではこの考え方が顕著に表れ、時に無関係な外野が誰かを傷つけてしまった出来事も多く存在します。
人間は皆多面性を持つ生き物なので、一方から見ただけではどんな人となりなのか決めつけることは出来ません。一つの面だけを見て判断し、断罪してしまうことはとても危険です。

ちなみに私は作品のテーマを受け取って、今のところ本作についての映画評や他の方のレビューを全く見ていません。ここまで長いこと色々書いていますが完全に的外れだったら笑ってください。

 

テーマ的にはこちらの方がアカデミー受けしそうなので、作品賞がオッペンハイマーになったのはちょっと意外だなぁという印象を受けました。
これを見た後だとオッペンハイマーは派手なシーンが多く、内容は重いですが画面的にはエンタメ映画だったなと感じます。

それにしても今年のアカデミー賞はとても豊作でいいですね。
日本だと大体劇場でまだ見ることが出来るのでそれもありがたいです。
『哀れなるものたち』も公開早々に見たのですが、現代に刺さるテーマと最近薄まっていたランティモス監督の持ち味が存分に発揮されていてとても良い作品でした。

そういえば本作の邦題、原題のそのまま訳のようですが"落下"に様々な意味がイメージされてとても良いなと思いました。
こういうシンプルな題がいいんや。変なサブタイとかついてないやつ。