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趣味の備忘録

オッペンハイマーの感想

クリストファー・ノーラン監督の最新作『オッペンハイマー』がようやく日本でも公開されました。

www.oppenheimermovie.jp


ノーラン好きかつキリアン好きなので公開初日に観てきました。

劇場公開作品を初日に観に行くのは『ジョーカー』以来だと思うので、大体4年ぶりです。私としてはかなり珍しいことです。
公開前から色々話題にあがり、日本国内での上映がされるのかあやふやだった本作ですが、無事に公開されて安心しました。色々あったので下手したらこのまま国内では劇場公開されなかったのでは?と思いましたが、国内でも人気の高いノーラン作品だからか無事公開となりました。監督のネームバリューに感謝します。

内容が内容なので、特別楽しみにしていたわけではないのですが(ワクワクするような映画でないことは見る前からわかっている)、実際に見るとやはり大変虚しくなる映画だったので、記憶が新鮮なうちに色々と思ったことを書いておこうと思いました。
長くなったので畳みます。とても自己満な素人の長文になってしまったので本当に読みづらいと思います。ごめんなさい。

ネタバレは特に無いはずですが、詳細を書くところは事前にワンクッション挟んでいます。というか伝記モノなのでネタバレもなにも…?

なお手っ取り早く見る前の留意点を知りたい方はこちらの記事が綺麗にまとまっていて読みやすいのでおすすめです。

news.allabout.co.jp

 

 


この映画の作風について

まず最初に書いておくがこの作品は一人の物理学者の伝記映画であり、反戦映画でも反核映画でもない。そのため個人の恋愛模様も出てくるし、政治的ないざこざもたくさん出てくる。むしろそちらがメインの社会派作品である。

そしてノーラン作品なので例によって時系列が入り混じっている。
超単純に書くと、今作の時系列はカラーのシーン=過去(1925年頃)から未来へ、モノクロのシーン=未来(1950〜60年代)から過去へ辿っているのでわかりやすい。
ただし、シーン入れ替えが頻繁であり、人間関係も複雑なので最初の方ほど混乱する。
予習なしでもわかるようにある程度セリフで描写されているが、この作品は全体的にセリフがものすごーく多いため、要点を見落としやすいかもしれない。少し気を抜くとすぐに置いていかれてしまう。
なにより本作では歴史・伝記モノのキーとなる年代表記が画面内に一切現れない。会話中のキーワードや世界情勢から「大体この時期かな?」と察するしかない。

そのためあらすじを読んでおいた方がわかりやすいし、大まかな登場人物も把握しておいた方がいいし、何よりトイレはしっかり行っておいた方がいい(本作は上映時間180分である)。

 

メインとなる登場人物

オッペンハイマー

言わずと知れた原爆の父。本作の主人公。
ユダヤアメリカ人の理論物理学者で「マンハッタン計画」の中心人物。
カラー描写のシーンは基本的に時系列順に彼の視点で見たもの・経験したことが描かれている。
自らが開発に携わった原爆の威力を目の当たりにし、戦後は核兵器の使用・開発に反対の意を示すようになる。

本心がよくわからない女好きとしての描写が強く、人妻を唆して横取りしたかと思えば電話一本で昔の女にホイホイ会いに行ったり、天才物理学者の肩書きがなければかなりのダメ男という印象がある。

物理学者として彼がどれほど優れていたか、どのような業績でマンハッタン計画の中心人物として起用されたのかという詳細は、正直あまり詳しく描写されていない。意図的に排除されているのかなと感じた。

 

ストローズ

もう1人の主人公といっても過言でない重要な存在。アメリ原子力委員会の委員長兼アメリカ海軍少将。
戦後のアメリカにおける原子力政策と、オッペンハイマーの後半の人生を左右する人物。
冒頭から登場し、モノクロ画面のシーンは基本的に全て彼の視点で描かれている。

1947年〜1954年にかけて水爆開発推進派としてオッペンハイマーと対立する。その後1961年にケネディが大統領に就任し、再度オッペンハイマー(の支持者たち)と対立する。

頻繁に挟まるストローズの視点は作中でも重要なポイントとなるので、彼がどの立場の人物と関係を持ち、何を考えているのかは把握しておいた方がいい。

 

前置き

本作は映倫でR-15作品として区分されているが、これは原爆による描写由来ではなく単純に性描写が含まれるからである。そういった痛ましい描写は無いので、そういうのが苦手な人も安心して見ることができるとおもう。

この点に関連して、日本公開前から「肝心の被ばく者の描写がない」という点について指摘されていた。私個人としてはこの作品でカラー描写されているシーンは基本的に全てオッペンハイマー自身が経験したことや肉眼で見たこと、頭の中で思い描いたことだけなので、わざわざ被ばく者の姿を描写しなくてもいいのではと感じた。

作中のオッペンハイマーは原爆投下の報告を受けて喜ぶ人々の横で一人言葉を失っている。彼は現地の視察報告がされるシーンで被ばく者の姿を映しているであろうスライドを一瞬だけ見てすぐに目を背けているし、その後も自分が開発した原爆というものの破壊力に自責の念を抱いていることが伺える。
その後の彼の考えの変化は歴史の通りである。もちろん私は責任を感じているから許す許さないだとかそんなことが言いたいわけではない。念の為。

原爆投下によって広島・長崎の民間人がどのような被害を受けたかは、この映画を見ることのできる年齢の日本人なら大体知っているだろう。
原爆についてよく知らない国の人なら映画をきっかけに個々で調べてくれればいいのでは、と思う。正直原爆についてなにも知らずにこの映画を見て、鑑賞後に全く調べようとも思わない人は、おそらく映画の内容も理解できていないだろう。とても残念である。

 


ここからやや映画本編のネタバレ?になります。

 

この映画で一番の目玉(と言ってはあれだが)となるシーンはやはりトリニティ実験のシーンだと思う。
あまりの眩しさに誰もが目を瞑り、少しして目を開けると巨大な爆炎があがり、しばらくして轟音とともに爆風が周囲を駆け抜ける。
この時の炎はカットを変えて十数秒ほどスクリーンに映し出される。この炎がなんとも言えず虚しい炎だった。

そもそも原爆はナチス・ドイツに落とすことを目的として急ぎ足で開発がスタートしたのだが、1945年5月8日にナチス・ドイツが降伏したために標的は日本へと切り替わる。なかなか降伏しない日本へ原爆を投下し、その威力を知らしめればソ連への牽制にもなるだろうと推し進められた。
当のオッペンハイマーは好奇心旺盛な天才学者であり、且つ非常に純粋な人間で、「原爆のような凄まじい兵器が開発されれば、その途方もない威力を恐れた人類は平和への道を歩むはずだ」と真に信じていたようである。

そのために自らの癒しの地であったロスアラモスを開拓して研究所を作り、多くの仲間を誘って家族で移住させ、3年の月日と多額の開発費用を費やしてきた。直前に大嵐に見舞われ、周囲が実験を中止すべきかと検討する中「夜明けには嵐は治る」と主張して決行へ舵を切った。その結果があの爆炎である。

スクリーンに映し出されるあの爆炎*1を見ながら、申し訳ないが全くもって馬鹿馬鹿しいと思ってしまった。こんな政治的問題と強すぎる好奇心と根拠のない性善説の結果、民間人に2発も原爆が落とされたのかと思うと本当に人類はばかだなぁと思ってしまった。
原爆という凄まじい人類の叡智の結晶を作ることはできたのに、その先の想像力は無かったのが悲しい。この映画を見て広島や長崎の方たちはどう思ったのだろうか。ただのいち日本人でさえ見ていて虚しくなるのだから、当事者の方々の辛さは想像もできない。

愚かな人類は原爆の威力に怯むかと思えばそうなるわけもなく、原爆を2度使い、大成功と喜び、各国は核開発競争へ歩んでいくこととなる。そのことに絶望したオッペンハイマーは原爆の後に開発される水爆に対しては異議を唱えている。
そのために水爆推進派と対立し、過去に共産主義者との関係があったことを斬り込まれて追放される。

彼は純粋に科学者として好奇心に駆られ知を探求し、その結果原爆開発へとたどり着いた。彼の実験の成功は文字通りそれまでの世界の常識を変えてしまった。「原爆の父」という二つ名とともに歴史に名前を刻んだのだ。
だが原爆の開発はオッペンハイマー一人ではなく、アメリカ政府や軍部、多くの科学者、当時の世界情勢が推し進めたものであることを忘れてはいけない。

あと、冒頭の素粒子や宇宙のイメージがなんとなく『2001年宇宙の旅』っぽいな~と思っていたら、パンフレットでも言及されていてニヤッとしたことを書いておく。というかあれもちゃんと撮ったものなのか……。

一本の映画を見た後にぐるぐる考え込んでしまうのは久しぶりだった。
そもそも映画自体見たの1か月ぶりくらいだし、それなのにこんな内容の濃いものを見てしまったら色々考えたくもなる。
おかげで滅多にないこんな長文を書き散らしてしまったのだが、それはこの映画のテーマ自体がそうさせているのでもあり、作品としての描写がそうさせているのは間違いない。
見終わった後に考えるのが楽しい映画だった。

 

 

総括

久しぶりに「見て良かったけど、もう見たくない映画」を見ました。多分IMAXでもう1回見ると思いますが。

私がノーラン監督作品を初めてみたのは2008年の『ダークナイト』が初めてでした。以来ずっとこの監督に心惹かれ、劇場公開されたものは全て映画館で見てきました。彼の映画監督としての集大成とも言える作品が本作であり、この作品でアカデミー作品賞を受賞してくれたのは本当に素晴らしいことだと思います。

そしてこの作品でキリアン・マーフィーが主演男優賞を受賞したのも喜ばしいことです。『ダークナイト』『バッドマン ビギンズ』*2を見て以来、彼の美しい眼の虜です。
いつも主演映画だと不遇な役が多いイメージのある彼ですが、本作もまた不遇で複雑な役柄でした。大役を演じてくれて感謝です。

ちなみに劇場パンフレットも購入しました。まだ半分程度しか読んでいませんがキャスト・監督インタビューはもちろんのこと、様々な立場の方が寄稿しておりとても読み応えがありそうな品物で満足しております。

長々と書き連ねましたが、この映画を通して戦争と原爆と、原爆が投下されたことで変わってしまった我々の生きる現代について、もっとちゃんと考えることが今を生きる人間にやれることなのかなと感じました。

テーマも重く複雑で、上映時間の長い作品ですが、少しでも多くの方にこの映画を見て欲しいなと思います。

 

最後になりますが、この文章は見終わった勢いで書き連ねている&本作を1回しか見ていないので推敲が足りていないところや間違いがあるかと思います。一応パンフレット等を参考に書いておりますが、歴史的・作品的観点から明らかな間違いがあればご指摘頂けると嬉しいです。ここまで読んでいただきありがとうございます。

 

 

*1:ノーラン監督作品なのでおそらくあの爆発は実写だと思われる。なので写真の原爆とはシルエットなど異なる。

*2:私的には見た順が公開順とは逆になるので…